2009/12/09

【海外記事翻訳】「アサシン クリードII」の戦闘システムは「創造的なチャンバラ振り付けシミュレーター」?

さて、今回は海外のゲームデザインに関するblog記事で面白いのを見つけたので、その日本語訳を載せたいと思います。

Combat is Choreography in Assassin’s Creed 2

このblogの著者はDarius Kazemiさんというゲーム開発者・会社経営者(専門はオンラインゲームのユーザー行動データ収集)で、アメリカのゲーム業界では人脈作りの達人として知られている人です。氏のblogは、業界での人脈作りのこつや就職活動のこつについての記事が有名ですが、今回ご紹介するようなゲームデザインについての考察の記事も面白いです。

では、以下に日本語訳を掲載します。



「アサシン クリードII」の戦闘システムはコレオグラフィだ


私がどうして「アサシン クリードII」(AC2)の戦闘システムが好きなのかについてちょっと話がしたいです。AC2において、またAC1でもある程度は、戦闘とははっきり言って1つの表現なのです。何よりもまず、戦闘が簡単と言う事実が物語っています。絶対無いとは言えませんが、AC2の戦闘で死ぬことはかなり難しいです。とにかくこの戦闘システムは生死には関わるものではありません。

戦闘システムが簡単であることが、戦闘をどう切り抜けるのか判断する時間を与えてくれます。防御ボタンを押しっぱなしにすることで、ほとんど全ての攻撃を自動的に防げるので、「この場所でこの敵の人数。さあどうやって切り抜けよう?」なんて考えてる間も自動で防御してくれます。

AC2の戦闘システムの最も優れている点は、敵と戦う方法がいくつも用意されている点です。具体的には以下のような選択肢があります。

・剣、ダガーナイフ、投げナイフ、素手といったありとあらゆる攻撃手段を用いる
・防御、カウンター、そしてまた防御(これを最もよく使う)
・自分の武器をしまい、相手の武器を落とす試み
もし、相手の武器を落とさせたら、自分がその武器を使うことができる。これによって槍とか斧とかちょっと変わった武器を使用する機会を得る。
・回避しつつ攻撃
・1人の敵にヒット&アウェイ後、別の不注意な敵に奇襲をかける
・敵を掴む
(その後)
(・敵を壁に投げつける)
(・敵を崖から落とす)
(・他の敵に投げつける)
(・頭突きまたは膝蹴りを喰らわせる)
・戦闘中に適切な武器に替える
・逃げる
・煙幕弾投げてから逃げる

そしてこれらは全てのアクションの一部に過ぎません。

これらの手段を思うがままに使いこなすことと、敵のAIの微笑ましいくらいのシンプルさもあって、Ubisoftは所謂「スワッシュバックリング」映画のシミュレーターを作るという偉業を成し遂げました。スワッシュバックリング映画とはエロール・フリンが主演したような、「主人公がたくさんの敵に囲まれるんだけれども、結局1人ずつチャンバラするもんだから主人公が勝っちゃう」みたいな陳腐な昔の映画のことです。AC2の戦闘システムは、自分だけの剣劇の振り付けをさせてくれるわけで、これは一部の人から「アホなAI」と文句を言われるような仕様じゃなかったら逆に実現できなかったのです。

最高なのは、戦闘の主導権を握っていると感じさせることが、A級アサシンの殺しの美学というものを想起させることです。そう考えれば無敵であることは当たり前、敵が自分より馬鹿なのも当たり前、一人一人の敵をどう料理してやろうか考える時間があるのも当たり前。これこそが、プレイヤーキャラクターになりきれるということなのです!

一方で、AC2のこの戦闘システムは、The Simsのゲームプレイ全体と同じ問題に直面していると言えます。それは、一部の人にとってはこれは半端無くつまらないカジュアルゲームだということです。しかし他の人にとってはこれは、創造欲求のはけ口になるのです。幸運なことに、AC2に関して言えば、私は後者の人間です。



以上です。私は「アサシンクリード2」をまだプレイしていないのですが、この記事を読んで興味が湧いてきました。トピック自体はようするに、「何やっても勝てちゃうからつまらない」という批判に対する、「死なないからこそ、創造的なロールプレイが楽しめる。」という擁護意見だと思います。「アサシン クリードII」に関しては、実際にプレイしてから判断しなければなりませんが、私自身がゲームデザインやレベルデザインにおいて常日頃気をつけているのもやはり「プレイヤーを死なせない。失敗させない。その上で腕に自信のある人が創造的でかっこいいプレイを追求できるように奥行きを与える。」ということです。

また、「アホなAI」についてですが、これは表現上必要とされる場合のみ許されると考えております。ちなみに、紹介したblog記事のコメント欄にも「ゲームの舞台となってる時代は、本当に訓練を受けた一部の人間しか剣術を知らなかったはずだから、主人公と比べて敵の剣術が下手過ぎるのはリアリズム重視という観点からは正しい」という意見も寄せられているようです。これが、現代を舞台としたゲームで敵が「ナノマシンで制御された次世代特殊部隊」とかだったら賢く、強く見えるAIを作らなければならないと思います。そしてその場合、難易度は銃弾の命中率等「最終的にとどめを刺すかどうか」の一点だけで調整すべきでしょう。「AIが高度に進化することはそれすなわちゲームが難しくなりすぎることを意味しない」というトピックについては改めて当blogに書きたいと思います。

ちなみに「全体的にカジュアルな作りだけれども、上級者はかっこいいプレイを追求できる」ゲームの例を挙げると、私は「エースコンバット」シリーズが大好きです。なので、「アサシン クリード」をACと略すことには抵抗があります^^;

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